幼少期に障害が発覚、女性のその後の人生のお話|自分の生きやすい環境は自分で作ることができる

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今回は幼稚園でASDが発覚した女性のお話です

 

発達障害がわかった原因はどんなものだったんですか?

幼稚園の先生から指摘があったそうです

自分では発達障害のあることに気づいていませんでした。
発覚したきっかけは、幼稚園の先生からの指摘でした。

母によると、私の様子を観察していた先生が、他の子に比べいくつか異なる点を見つけたので報告してきたとのことでした。
当時の私は極端に不器用かつ運動が苦手で、他の子とあまり関わりを持たなかったのだそうです。
例えば、「折り紙をするときに、紙の端を揃えて折ることができない。

途中でついていけずパニックを起こしてしまう」「ブランコを漕ぐことができない」「大体一人で、図鑑を読んで過ごしている。
他の子と会話したりしない」ということがありました。
自分に発達障害があるということは小学校高学年くらいの頃に、両親から打ち明けられて知りました。

しかし、それ以前から、「私は他の友達と違うのかもしれない」ということは薄々感じ取っていました。

病院には行かれましたか?

幼稚園の先生のすすめで、母と小児科を受診して、投薬を開始するとともに作業療法(OT)にも通い始めました。

OTでは主にブランコを漕ぐ、平均台の上を歩くといった運動の他に、手先を使う作業などをしました。
現在もOTに通っていますが、今は主に悩み事相談がメインになっています。

小学校・中学校に上がる際に、母が教育委員会の方と学校の先生と相談して、特別支援学級を利用できるようにしてくれました。
特別支援学級では、主に苦手な科目(算数、国語)の授業を受けに行っていました。
それ以外の時間は、普通学級で過ごしていました。

短期大学卒業後に一般就労(介護職)を経験しましたが、他の職員と同じように仕事をすることが難しかったので退職しました。
その後、精神障害者保健福祉手帳を取得して、就労継続支援A型事業所で働き始め、今に至ります。
A型では主にパソコンを使ったデータ入力などの事務作業に取り組んでいます。

他の人にカミングアウトはしましたか?

はい。周りの方にお話ししました

普段から一緒にいることが多い人(主に学生時代からの親友、会社の同僚・上司)にはカミングアウトしました。

話した際は「話してくれてありがとう」と感謝されたり、
「実は私にも障害があるんだ」「私も苦手なことがあるんだよ」と逆にカミングアウトされることもありました。
カミングアウトしたことで、いじめられたりすることは殆どありませんでした。

思い切って話してみたことで、自分にとって生きやすい環境を作ることができたように思います。
前もって自分の苦手なことと得意なことを話しておいたことで、配慮してもらったり、逆に自分の得意なこと・知識を生かして誰かを手伝ったりできるようになりました

。今は、「おたがいさま」をキーワードに、誰かに助けてもらった分、困っている誰かを助ける、ということを大切にしています。

過去の自分や、他の障害者の方に伝えたいことはありますか?

周りの人と自分を比べることをせず、無理せず向き合ってください。

気になることがあったら、なるべく早く医療機関(子どもだったら小児科、大人だったら心療内科・精神科)を受診して、医師や作業療法士など専門職の方と一緒に、生きやすくなるための工夫を考えましょう。

そして、信頼のおける人に悩み事、気になっていることを話しましょう。
苦手なことやうまく行かないことについて話すのは、一見すると弱い自分をさらけ出すかのように見えます。

しかし、私は「自分の弱さ・苦手を人に話すということは、実はかっこいいこと」だと思うのです。
なぜなら、その言葉は自分を見つめなさないと出てこないことだから。

自分の生きやすい環境は、自分で作ることができる」のです。
苦しい思いをしながら生きるより、少しでも心の負担が軽くなった分幸せを感じながら生きることができたら、素敵だと思いませんか?

最後に

いかがだったでしょうか。

”自分の生きやすい環境は自分で作る”という言葉
素敵ですね。
未来を見ている感じで非常に共感できました。

体験談をお伝えいただき、ありがとうございました。

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